番外編「偽装結婚」
「偽装結婚」
H19,8/13 02:00
「いかがでしょうか?」
伺いの言葉を告げながらも、自信ありげな口調には、
ロイも大きく頷いた。
「素晴らしい・・・」
ロイは、目の前に座る、稀に見る美女に熱い視線を注いでいる。
光を弾く、黄金色の髪は、高めに結い上げられ、編んだ根元に可憐なコサージュを施し、
それ以外を、軽くウエーブをつけて垂らしている。
所々に輝いているのは、花をあしらった小さな宝飾の髪飾りだ。
大き目の綺麗な瞳には、それ以上の飾りは不要と思われる、
稀有な金の宝玉が埋め込まれており、見ている者を惹きこむ輝きを瞬かせている。
目元にほんのりと紅みをさして、伏目がちに俯いている風情は、
初々しさを嫌でも醸し出している。
白皙の肌は、磨き上げたアラバスターのごとく、透明な美しさをみせ、
不安げに、引き締められた形の良い唇は、艶やかな色を反射させている。
姿勢の良い姿は、大きく肩と背を開け、身体にフィットさせているデザインを
更に効果的に演出している。
首に太目のチョーカーを撒きつけているが、アンティックな作りは、
気品と、美しい項を強調させている。
全体的にほっそりとした肢体だが、バランスが取れているからか、
造形美を集結したような美しい均衡を見せている。
白い、幾重にも広がる純白のドレイプは、彼女が今日、特別な日を迎える事を示しており、
ロイでなくとも、誰が見ても、この美しい女性に賛辞は惜しまないだろう。
「時間は?」
ふと、ロイが確認の為に、隣の副官に声をかける。
「式まで、後15分という所です」
「少しだけ、人払いをしても?」
「駄目です」
ロイの懇願を、コンマで否定して返す。
「10分、嫌5分で良いから・・・」
しつこく強請る上司にも、全く動じずに、同様の返答を即座に返す。
「1分1秒も、私的な時間の余裕はありません」
素気無く返された言葉に、途端に情け無さそうな表情をし、
物欲しそうな顔で、強請り続ける。
「そんなぁ・・・、折角2度とは見れない、エドワードの花嫁姿かも知れないのに・・・」
それまで、儚げに俯いていた花嫁の筈の美女が、肩を震わせている。
笑いや、哀しみの為に、肩を振るわせているわけでは無い事を、
彼女(?)為に、弁明しておこう。
「考えてみたまえ、結婚式と言う、花嫁にとって、一世一代の時に
花婿が、愛を語らないなぞ、有ってはならない事と思わないか?」
「本来ならそうかも知れません。 ただ今回の今の状況から言わせて頂ければ、
全く関係ないと言わせて頂くしかありませんので」
「しかしね・・・」
諦め悪く、説得を試みようとしているロイが、言葉を続ける前に、
肩を震わせ、俯いていた花嫁が、眦を吊り上げて、面を上げてみせる。
「あんたな! いい加減にしろよ。
俺らは、遊びに来てるんじゃないんだぞ。
任務、任務の為に、俺はこんな格好で・・・」
悔しげに呟かれた言葉は、最後まで告げきれない程、
実は、先ほどからエドワードは、屈辱と羞恥心で震えて頂けなのだ。
事の起こりは1月前に遡る。
毎回送り込まれるテロへの犯行予告も、マンネリ化してきた文面に、
余り重きを置かれなくなって久しい。
が、そこへ慌しく緊急要請の電話が飛び込んでくる。
「はっ? テロ予告ですか。
ああ、それはお気の毒ですが・・・」
最初は上の空の返答を繰り返していたのだが、
その内に、やたらと熱の籠もった言葉が吐き出されては
電話の向こうの相手を、甚く感動させているらしい。
「いえ、不肖の身ではありますが、お役にたてるようでしたら、
これ以上の喜びはありません。
ご安心下さい。 わたくしロイ・マスタングが、お嬢様の安全を守り、
テロの組織を壊滅させてみせます!」
意気揚々と宣言し、電話を切った上司の様子が、常とは全く違うのに、
傍観していた面々が、訝しげに様子を窺っている。
暫く、にやにやと気持ちの悪い笑みを浮かべていたが、
周囲のメンバーが、固唾を飲んで、自分の様子を窺っているのに気づき、
ゴホンと空咳をすると、いかにも作った重々しい声で、副官を呼ぶ。
「ホークアイ中佐。 至急、士官学校に在籍している、エドワード・エルリック。
鋼の錬金術師に、連絡を取ってくれ給え」
「はい、了承致しました。・・・が、どのような名目で?」
「任務だ! 将軍の令嬢が、テロのターゲットになっていると判明した。
か弱き婦女子に、狼藉を働こうとする不逞の輩を、木っ端微塵に打ち砕いてやる!」
高らかに告げられた、胡散臭いセリフに、諦めたようなため息を付きながら、
もう、暗記している位かけなれたNOを回す。
「えっ?テロ予告・・・。 でも、何で俺がわざわざ?」
現在エドワードは、士官学校の1生徒である。
たまに・・・いや、度々呼び出される事は、もうすでに両手の指では
数え切れなくなっているとはいえ、テロ事件に呼び出されたのは
初めての事だ。
自分に超がつくほど、過保護で、甘い保護者件、後見人で、
ついでに言うと、同棲している恋人の、この男が、
エドワードを現場に駆り出すなど、余程の事情があるとしか思えない。
ちなみに、現在士官学校に入っているエドワードとは、
週末以外は別居生活を余儀なくされている。
「では説明をしておこう」
どうにも胡散臭い真面目ぶりも、よからぬ企みの匂いを感じさせる。
エドワードは、出来れば聞かずに帰りたいと思いながら、
仕方無さそうに頷く。
「実は、セントラルの将軍のお一方から、ぜひにも私にと、
嘆願があったのだ。
将軍には妙齢の娘さんがおられて、晴れて結婚式の日取りまで決まっているのだが、
狡猾で、卑怯な不逞の輩達が、その式でのテロ工作を予告してきたそうだ。
式を取りやめるのは、テロの脅迫に屈した事を示す。
それは、軍の威信にかけても出来ない事だ。
だがだからと言って、最愛の娘を犠牲にするわけには行かない」
ここら辺まで語られると、付き合いの長い者達ばかりだ、
この後の展開が予想できてくる。
エドワードの不安そうな表情も、嘘だろうと言う、否定に近い感情が
胸中を吹き荒れているのだろう事は、表情からも窺える。
「そこでだ、鋼の錬金術師エドワード・エルリックに軍から正式に要請する、
花嫁に扮して、偽装結婚式を挙げて、テロ行為の撲滅を行って欲しい」
「へっ? 花嫁・・・?」
エドワード以外のメンバーは、諦め、呆れに近い、ため息を付いている。
エドワードだけが、単語の聞き間違いかと、自分の耳を引っ張ってみたりしている。
話の流れ上、式への潜入捜査をするだろう事は思っていたが、
どうにも、微妙に話が繋がらない。
「そう、花嫁に扮してもらおう」
「花婿とかの間違いじゃなくて・・・?」
それか、もっともらしく参列者の一人とか、進行の係りの者だとか、
適した役柄は、山ほどありそうな気がするが。
「い~や、花嫁だ」
「なんで?」
素朴な疑問を口にする。
それに、にっこりと上機嫌な笑みを浮かべながら、
堂々と宣言する。
「もちろん、私が花婿役をするからさ」
その後しばらくの時間、司令室内部では、阿鼻叫喚の渦が吹き荒れていた。
凄まじい惨状になった部屋の中でも、言葉を撤回させなかった男は、
当初の思惑通り、任務を遂行させる手順を手に入れたのだった。
「さて、時間だな」
結局、二人っきりの時間をもらえなかったのは、少々残念ではあるが、
これからの時間を思えば、浮き立つ気持ちを抑えようもない。
「では、ハニー、お手をどうぞ」
満面の笑みを浮かべ、そんな腐れた言葉を言う男を、
きっぱりと無視して、すくりと独りでに立ち上がり、
エドワードは、さっさと部屋を後にする。
「エ、エドワード!待ちたまえ、花嫁が一人で歩くなんて、
非常識だぞ」
慌てて追いかけていく情けない上官の姿に、ホークアイは、
今日、銃を不携帯していた事に、心から安堵する。
持っていれば、引き金の1度や2度は、軽く引いていただろうから。
高らかな鐘の音と、聖歌に迎えられながら、群衆の中を
中睦まじく歩く二人の姿は、誰がどう見ても、幸福なカップルに違いない。
美しい花嫁の、華のかんばせは、残念ながらベールに隠され、
はっきりとは見えないのだが、レース越しに透け見える容貌をだけでも、
美しさを予想させる。
花婿は、そんな花嫁にぞっこんなのか、やに下がった表情を、
恥じる事無く、横に居る花嫁にだけ向けている。
「エドワード・・・本当に綺麗だよ。
君のような美しい花嫁を得れた私は、最高の幸せものだ」
「あのなぁ・・・、そんな言葉はいいから、周囲の様子を窺ってろよ」
「大丈夫だ。 警護は、部下達が万全に敷いている。
我々の晴れの舞台を汚すような奴らは、根こそぎなぎ払ってくれるさ」
「俺らのじゃーないだろうが、これはあくまでも偽装なんだぜ。
しっかりしろよ、全く・・・」
「おや? 別に偽装でなくとも、私は一向に構わないが?
不満なら、すぐさま、今日の任務完了後仕切り直してもいいんだよ」
「冗、冗談だろ! 」
プルプルと首を振りかぶり、動かしている様は、
傍から見ていると、睦言に照れているとしか見えない。
「大将・・・綺麗だよなー」
感極まったように、茫然と呟く。
「本当ですね、僕も驚きました」
「あれでは、少将が手放せない筈だな」
静々と歩き、所々で仲の良さをアピールするかのように囁きあっている男女は、
文句なしの美男美女だ。
式の参列者も、まるで1枚の絵画のような二人を、憧憬を込めて眺めている。
本来、バージンロードを新郎新婦が歩くのは後からなのだが、
心の狭い新郎が、何人たりとも、花嫁には触れさせないと息巻いて、
結局、最初から最後まで、手を引き続ける事になった。
ロイにしてみれば、稀少で奇跡的な時間だ。
少しでも長く傍に居たいのは、当然だろう。
厳かな誓いの誓約を唱えるときには、らしくもなく、
エドワードの胸中にも、敬虔な思いが浮かんできた。
隣に立つ男などは、感無量の涙を流さないだけましという有様だ。
「誓いの口付けを」
祭司の言葉に、エドワードが、さすがにギョッとする表情を
ベールの中で浮かべる。
この衆人環視の中、いくら任務とは言え、口付けをするなぞ、
さすがにそこまでの覚悟は出来ていない。
ロイは、当然の様にベールに手をかけ、そっと手繰り上げていく。
嬉々とした表情は、この瞬間を待ち望んでいた事が見て取れた。
「ちょちょっと、そこまでは・・・」
小さく呟かれる言葉に、ロイはにこりと微笑んで、
花嫁を引き寄せる。
「エドワード、愛しているよ」
そう囁きながら、顔を寄せてくる。
『・・・!!』
観念する気で、固く目を閉じようとした瞬間。
バーンと派手な破裂音をさせて、天井に飾られていたステンドグラスの窓が
粉々に砕け散る。
小さくなった破片では、人を傷つける効果はないが、
参列者の動揺と恐怖心をあおるのには、役立つ・・・筈だった。
普通の参列者だったなら。
「急げ、外だ!」
訓練された動きは、号令共々瞬時に体制を整える。
「外の警備に連絡しろ。 不審人物を見つけ出せとな」
「A班、B班は、予定どうり周辺の公道を押さえろ。
その他のチームも、予定どうり行動に移せ」
次々に繰り出される指示に、慌しい動きで持ち場に走り去る。
ガランとした教会の中で、エドワードも急いで後に続こうとする。
「エドワード、君はこちらだ」
強引に手を引かれ、ロイに誘導されるように、教会の内部に戻っていく。
そして、先ほどの控え室に戻ると、パタンと扉を閉めて、
エドワードに向き直す。
「ちょ、ちょお、何でこの部屋に戻って来るんだよ?
外に応援に行かなくてもいいのか?」
「さて? 私のその後の任務は、花嫁の安全確保が役割でね。
ちなみに君への指令は、待機だよ」
「あのなぁー、そんな暢気な事言ってる場合かよ。
皆が必死になってるってのに」
エドワードの抗議に、ロイは可笑しそうに笑い声を噛み殺している。
そのあまりの様子に、カッとなったエドワードが、踵を返して
扉へと歩いていこうとすると。
「エドワード・・・これは、演習なんだよ」
そんな、茫然とする言葉が呟かれる。
「演習??」
「数年に1回位、こうした上層部だけが知っている演習が行われるんだ。
もちろん、部下達の殆どは知らない。
まぁ、指揮させている1部の者は当然知らされてはいるがね。
FAKEとは、仮想演習の実行コードだ。
今回の設定は、まぁ、私が考えたものだがね」
「んじゃあ、俺のこの格好は・・・」
「当然、私の願望・・・かな?
戦争がない時には、部下の評価も図りにくいだろう?
だから、時たまこういう演習を行って、査定をする機会も
設けていると言うわけだ。
が、事実は上層部しか知らない事だから、大半の部下にとっては、
これは、真実の事だと疑いもせずに過ぎ去っていくんだがね」
ゆっくりと近づき、少し乱れたベールを取り去ってやる。
「いつもの姿も綺麗だが、私のだけの為の装いは、
喜びもひとしおだね」
嬉しそうに抱きしめてくる男に、エドワードは何と返せば良いのかと
途方に暮れる。
こんな恥ずかしい格好まで人目に晒され、危うく誓いの口付けまで
見られるところだったのだ。
エドワードには、怒る権利がある・・・恋人としては。
そして、軍に所属する者としては、黙って従わなくてはならない。
今、どちらの立場で反応を返すべきかと悩みあぐねるが、
目の前で、幸せに輝くばかりの笑みを浮かべている男を見ると、
仕方ないと言う気持ちの方が、強くなってくる。
「では、先ほど中断した、誓いの口付けをしても?」
蕩けそうな表情で、強請ってくる男を、跳ね除けれる気合は、
すでに尽きていた。
小さく頷いて了承してやると、先ほどを同じ言葉を囁きながら
近づいてくる。
「エドワード、愛しているよ。永久に君だけを」
そして、完全に言葉を封じられる前に、
小さく返事を返す。
「俺も・・・」
程なくして犯人グループを更迭したのは、ロイ直属の部下が指揮している一団で、
演習結果を上層部に報告する際にも、大きく面目躍如された。
そして、エドワードの着ていた花嫁衣裳は、
本人にこっそりと、ロイが屋敷に引き取ったことを知るのは、
エドワードが寮生活を終えて、随分と経ってからの事だった。
[あとがき]
これは、ちゃんと番外編に入れれると思う・・・。んだけど。
拍手に入れようかと思ったんですが、あちらには今は違うの連載中なんで、
番外編として、シリーズに並べておきます。
特に何を書きたかったと言う事もなく、
エドワードの花嫁姿が書きたかっただけ。(笑)
エドの花嫁姿なんて、ロイさんメロメロだったと想像すると、
笑いが抑えられないです。
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